蟲師―漆原友紀

何とも不思議なお話、「蟲師」(むしし)を紹介します。「蟲師」の「蟲」(むし)は、そのへんによくいる、「虫」のことではありません。生命の原生体に近いものとされています。普通の人の目には見えませんが、固有の性質を持ち、人間の生活にも影響を与えます。この「蟲」を見ることができて、呼び寄せたり、退治したりという能力を持つのが「蟲師」と呼ばれる人たちです。この物語は、蟲師である「ギンコ」が主人公となり、諸国を巡り、「蟲」に関わるさまざまなエピソードを綴るというものです。

蟲師 (1)  アフタヌーンKC (255)

何とも言えない、不思議な感じのするお話です。月刊「アフタヌーンに」連載され、コミックスは計10巻。すべてが、哀しいながらも暖まる、そんなお話で構成されています。舞台は、明治以降の近代でしょうか。主人公の「ギンコ」は洋服姿で現れますが、登場人物のほとんどは、着物姿です。主に山村に現れます。それは、山と蟲が切っても切れない関係からでしょうか。

さて、蟲とはどのようなものなのでしょうか?音を吸収して人を無音にしてしまう蟲、その無音を食う蟲、夢を現実にしてしまう蟲、目の中に棲み闇を産む蟲、水とともに移動し山から海と生を繰り返す蟲など、第1巻でもこんな感じで不思議な蟲たちのお話が満載です。

音を吸収する蟲は「吽」といい、カタツムリ(蝸牛)のような形をしているそうです。そしてその無音を食う蟲は「阿」といい、「吽」とは渦巻きの方向が逆であるそう。何とも面白い話ではありませんか。

これらのお話は、蟲の面白さを味わうというよりは、それに関わる人々の人生を味わうといったものと言えると感じています。蟲に関わり、人生が変わる、よい方向にも悪い方向にも、変わります。果たしてそれは哀しいことなのか?そればかりではないと物語は説いています。蟲と関わることは、自然そのものと関わること、その中でどのように生きるかは、自分次第だと、説いています。

登場するやさしげな男女の姿に心奪われながらも、どんどん物語を読み進み、気が付けば全10巻、完読していました。主人公の「ギンコ」の生い立ちも、挿入されています。蟲と関わり、自らの人生も変わってしまった主人公は、みかけいい加減そうでも真摯で明るく、人生を向き合うとはこういうことなのかと感じさせてもくれます。

ところどころに挿入される、作者の祖父母、曾祖父母のエピソードも楽しませてくれます。昔は、今より至るところに蟲が棲んでいたのでしょう。言葉を替えれば、妖怪が。目には見えない、だけど感覚として伝わってくるもの、そういったものがそこら中にあったもでしょう。今では、感じる前に見えてしまい、聞こえてしまう。すべてが五感に支配される世の中というのはわかりやすいのですが、本来の感覚は後退している、そう思わざるを得ないとも言えます。

水彩タッチのカラーページ、古き良き日本の女性、少女が描かれるこの作品、好みも分かれるでしょうが、私は、哀しいながらも美しい、ハッピーエンドの中にも哀愁のある、この作品が好きです。さすがに最終回はちょっと強引かと思いましたが、全編を通じてブレのない、作者の感性にしばしの感動のときを味わいました。

蟲と聞くと気持ち悪いお話のようですが、それは真逆の発想です。ぜひ、お試し下さい。

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