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名前は誰のために…?

愛知県知多半島南端の二町合併後の市名は、「南セントレア市」だそうだ。
このATOK17による仮名漢字変換でも、まともに変換できない地名に至った経緯は何か。
多くの人がそう思ったように、私も醜悪なものを感じたのである。

名前自体の由来からして変である。
新市の北海上に開港予定の中部国際空港、愛称セントレアにあやかったそうだ。
セントレア自体、center+airの造語(自己解釈)であろう。
愛称を、そのまま市の名前にする、という発想がそもそも理解できない。

新市の名称は、一般公募で集めているらしいが、「セントレア」を含む市名は合併評議会委員、すなわち自分たちによる発案だということだ。
自分たちの案を含めて投票する、こんなことが通用するだろうか?
自薦もある、というなら機会は公平になくてはならない。
自分たちが結果をコントロールできる立場にいて、自ら案を出すというのは身近な例にすり替えれば如何におかしな話かわかるだろう。

だが、最多投票は「南知多」だったというから、上段の話はとりあえず置いておこう。
ここで信じられない解釈が起きる。
「南セントレア」「セントレア」「遷都麗空」は、それぞれ単独なら「南知多」には及ばないが、3つ合わせれば最多になるという。
「遷都麗空」って何だよ、族の出身者でもいるのか?
という突っ込みさえも霞みそうな、強引な解釈。

こうして、「南セントレア市」は誕生する。
中部国際空港自体、この決定に困惑するという暴挙、誰が得をするのか?
先に決めておいて、形式だけ合わせる、というのが明白ではないか!
そもそも地名は誰のためにあるのか?
それは、そこに住む人たちのためにあるのである。
歴史を語り、誇りを持って書き、読み、口にするためにあるのである。
決して、一時のブームや特定の集団が得をするためのものであってはならないのである。

今から思うと、「さいたま市」がものすごく普通に見えてくるから不思議だ。
こうして感覚は、麻痺していくのだろう。

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