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富士山遭難記

ここんとこ、富士山の話が続いているので、私の高校生時代のことをお話ししましょう。もうすでに25年の月日が流れているわけです。私は千葉県の県立高校の学生でしたが、そこでは「物理部」に所属しておりました。物理部では、コンピュータや無線などをテーマに日々研究に勤しんでおりましたが、夏休みにもなれば研究の一環として富士山に登る、等ということをしておりました。私も部長として、富士登山を敢行したわけです。それにしてもなぜ物理部が富士登山?謎は深まるばかりでございます。

当時購入した壁掛け。

千葉県在住の者が富士山に登るには、まずは神奈川県に移動し、御殿場かそのあたりからアクセスを試みる必要があるのです。ちなみに御殿場は静岡県です。さらに、富士山に登るには、御殿場と富士吉田ルートがありますが、後者は山梨県で名前のくせに山深いため、除外しました。部長権限で、御殿場からの登山を決行するわけです。小田急線でひたすら下り、登山バスでとりあえず五合目まで登ります。ここまでは、人の力を借りて順調。

ここで、振り出しの謎に答えねばなりません。物理部とは名ばかり、その実体は、文化系運動部といい、日々は野球やら筋トレやらのスポーツに勤しんでいるのでございました。ですので、他の理科系の倶楽部などは足下にも及びません。化学、生物、地学と、すべて敵ではありませんでした。くどいようですが、私はそこの部長でした。

ここに書いたのは冗談で、要するに富士山頂で無線をしたらどうなるんだよ?という素朴な疑問を解くためのものでもあります。

で、五合目までは無事到着しましたので、そこから登山を開始します。計画では、7合目までは登り、そこの山小屋で一泊し、翌朝に山頂を目指す、という感じでした。ところが意外な悪天候で、七合目にたどり着けないという事態が発生します。雨風で前方が見えず、もしかしたらこのまま遭難してしまうのでは?という危機感は持ち前の無鉄砲さと明るさで乗り切り、ちょっと見えた山小屋の明かりを頼りに何とかたどり着きます。

山小屋は、同類で溢れていましたが、とりあえず素泊まりの料金を払い、何か食べたいと思い、お品書きを見れば、インスタントラーメン、300円です。う~む、これは高いのでは?というのは地上の常識で、七合目にもなれば資材の運搬、燃料、水、すべてが貴重品です。そこで何か食べれるだけありがたいと思え、というわけでお金を払いラーメンをすすります。これはうまい!世界一うまいインスタントラーメンでしょう。

翌朝に出発します。気のせいか、非常に快調です。スキップをして、山頂まで一気に行くかと思いきや、出掛けに不吉なことをいう先輩がいます。頭が痛い、気持ち悪い、そうです、高山病にかかったのでしょう。急激な気圧と気温の変化についてこれなかったのです。彼らは山小屋に残し、残った数名で、スキップで山頂に向かいます。

思いのほか快調なので、スキップで山頂に向かう我々を先輩は否めます。「そんなピッチじゃ息が上がるぞ!」でもそんなことはありません。日頃鍛えているせいでしょうか、副部長は陸上部長距離ランナーでもありますし、部長と副部長のコンビは、ピッチを上げて山頂にたどり着いたのでありました。標高3776メートル、富士山頂にたどり着いたのであります。

そこでお土産を買い、神社にお参りし、火口を眺め、さて下るかというと、その前にやっておかなければならないことがある、というわけで、無線機を取り出し(こんなのを担いでスキップとは、恐れ入る)、おもむろにスイッチを入れて「ハローCQ」とやります。すると、次々とコンタクトの嵐が、果ては九州まで。ちなみに無線機は6mバンド、50MHzですから、地上ではとても九州とコンタクトできるわけはありません。しっかり更新し、QSLを交わしました。

で、下降します。降りるのは簡単、ひたすら脚を痛めないようにジャンプし、駆け下ります。七合目まで来たら死んだ先輩を拾い、様子を見ながら下降します。五合目まで降りれば終わり。そこからは人の手を借りて、千葉まで帰るだけです。

帰ったその日。家に着いたとたんに祖母が発した言葉は、「茶碗が割れたぞ」だそうです。やっぱり、嵐の七合目が効いたのですかね。時間も一致していたので、もしかしたらもしかしていたのでしょう。富士山は、侮れません。わかってますけど。

このあと銭湯に行ったら、露出していた部分は皆日焼けしていて、登山でも肌が焼けるのかという当たり前のことに感動したのであります。

書いてしまうと、意外とつまらないものですねぇ。

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