最近、ある青年誌に好評連載中でありながら、どういうわけか別の出版社の青年誌に移ったというコミックがあると聞き、興味を持って読んでみた。タイトルからして受け狙いが強く、コミックの内容には先入観があったのだが、読んでどっこい、バカみたいに重い話ばかりである。ちなみに、「ブラックジャック」とは、故手塚治虫氏の作品「ブラックジャック」のことである。なので、医者が主人公のコミックである。
ところで、連載中の作品が異なる出版社に移動するということは、非常に珍しいことらしい。連載終了の作品が単行本化されるときに別の出版社から発刊されたり、休刊(廃刊)になったために同じ出版社か別の出版社の別の雑誌で連載を継続させたり、そういうことはあるが。いずれにしろ、連載の継続が不可能になったとか、そういった事情がない限りは、別の出版社、しかもライバル社に移動するなどということはない。
私は(雑誌出版社ではないが)出版社勤務であるが、出版権が移動するというときは、たいてい何かしらのトラブルがあったと見ている。最近の事例では、過去にある出版社で発刊した書籍が、編集部から外注に出され、しかも外注先がひどい編集プロダクションで、ろくに校正もせずに著者校も無視し、再三の著者の要請も無視されてぼろぼろのまま出版され、それはそれで売れたのだが著者としては憤懣やる方もなく、二度と同じ出版社では本を出さないと宣言し、移ってきたというのがある。この場合は、金銭的なトラブルではなく、出版社に対する信頼がまったくなくなってしまったと言える。もちろん、重版しても印税を払わなかったとか、金銭的なトラブルもないわけではない。
今回の例は、移られた側は金銭的な同意が得られなかったとしているが、実際に作品を読破してみると、実はそうではないのではないか、と気付く部分もある。この作品は、すでに書いたがかなり重いテーマを扱っている。ガン患者、障害児、精神疾患、などである。特に最後の精神疾患は、コミックスでは5巻にもわたる大作であり、私自身はこういった内容がメジャーな青年誌で長い間連載できていたのが不思議なくらいである。いや、不思議なのではなくて、実はいろいろなことがあったのだと思う。それは読者の目には見えない、耳には入ってこないだけで、裏側ではさまざまなことが起きたのだと推測される。
私はこう見ている。人気作品ではあるが、同時に抱える問題も多かったのだと。なので、著者に方向性の転換を要求したのではないか。それに納得できない著者との交渉が平行線を辿り、結局のところ出版権を移動させる、そういった結果になったのではないかと。こういった作品を書く著者が、金銭的なことを理由に出版権を移すとは、すぐには考えにくい(もちろん、その可能性も否定できないが。あくまでも作品は作品、人間は人間だからだ)。
で、作品であるが、一流医大を卒業し、医大付属病院で研修医として働き出した若き医師が主人公である。主人公が、研修としてさまざまな診療科を渡り歩き、トラブルを起こし、それでも認められ、あるいは追い出され、その過程で自らが医者になる意味、目指す医者の姿、そのようなものを見つけて成長していく物語である。内科、外科、小児科、NICU、精神科、ありとあらゆるところを渡り歩く。しかもわずか2年の間で。外科ではガン患者と接し、告知の是非、抗ガン剤使用の是非など、そういったテーマが中心となる。NICUでは、切迫早産で障害を持つ可能性のある双子の救命、認知など。精神科では…。いずれも、自分が当事者になるとは思いもよらないが、実は当事者になる可能性は常にあり、無縁な話ではない。現実味のある登場人物の設定、一種の恐怖を醸し出す人物描写で思わず話に引き込まれる。
それにしても、外科医は北島三郎だし、精神科医は坂本龍一だ。これでいいのかな?きっといいんだよね、まさかこれが原因じゃないだろう。
ところで、関係ないが、物語とは別に日本の医療の現状を訴える本を紹介しておこう。この記事のコミックはちょっと古いので、2年の研修期間があるものとしているが、今は変わっているようだ。それがよいことなのか、悪いことなのか。ぜひ読んで欲しい。専門家でなくても十分に理解できる言葉で書いてある。医療は社会のインフラであると誰でも思っているが、実はそうでもないようだ。