正直、年金問題についての報道には辟易しています。厚生労働大臣のしどろもどろの返答や、社会保険事務所の係員に文句を付ける人のことなど、どっちかというと上っ面の刺激の強い部分だけを垂れ流しているような気がするからです。確かに、親玉が言ったことや市井の状況などは報道が必要でしょう。ですが、どうなる、どうなると騒いでいるだけでは、またもや騒いだだけで終わり、別に大きな事件が起きればそちらに関心が移ってしまう、ということになりかねないのではないでしょうか?現に、現役の大臣が自殺したというのに、すでにそれは過去のものになりつつあります。なぜ政府も報道サイドもこうもあっさりしているのか、不思議です。
今回の年金問題、あえてはっきりと言いたくないのが見え見えで、誰もがわかっていてもそれを言ったらお終いよ、的な雰囲気が漂っていると感じるのは私だけでしょうか?誰のものかわからない記録、それは銀行など金融機関で言えば、誰のものかわからない預金、口座があるということでしょう。もし、銀行でそういう記録が紛失したらどうなるでしょうか?下手すれば、あるはずの預金がないことになる、それはパニックになりますね。ですが、銀行の場合、データは何重にも冗長化され、物理的にも離れた場所に複数保管されるような状態になっており、日本が沈むか、ピンポイントで各保管場所を破壊されでもしない限りは、データが吹っ飛んでしまうという可能性は低いでしょう。それほどまでに現金・現物でない、情報という実体のないもので金銭を管理するということはシビアなものなのです。
誰のものかわからない記録をどんなに丹念に見ていっても、どうしてもわからないものが出てくるのは必然です。そもそも、個人を識別するために曖昧な情報を用いたというシステム上の欠陥と、社会保険庁という組織の体質のダブルでやってきた話なのですから。覆水盆に返らず、何をどうしてもどうしようもない事態になってる、それをはっきり言って知った方がよいと感じます。だがそれを言ったらそれこそパニックになる、だから一年かけて調べると言っているのでしょう。だがその一年が経過したらどうなっているのか、それを考えただけでゾッとします。