サイトアイコン たまプラ通信

99.9%は仮説―竹内薫

99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方

「思い込み」で失敗しないために、と銘打たれた本。発刊は2年ほど前で、著者である竹内薫氏の関係もあって売れている本だとは知っていたのだが、読んだのはついつい最近のことである。我々が「定説」と疑わない多くの理論や定石は、ほとんどが「仮説」に過ぎないとして、いつ「白い」仮説(いわゆる「定説」的扱いを受けているもの)が「黒い」仮説(要するにキワモノ、トンデモ理論とやつ?)に転じたり、その逆があっても不思議でないとしている。天動説がまともに信じられるまでは地動説が「定説」であったのだが、現代において地動説をまともに信じている人などいないと思われる。要するに、「黒い」仮説であった「天動説」が今では「白い」仮説になっており、地動説は「白」から「黒」に転落したのだ。こんな話は、ほかにもたくさんあるに違いない。

「科学」とは「哲学」であり、人の心の中にある。何を信じるかによって、仮説は「黒」にも「白」にもなり得る。検証はあくまでも検証で、いくら検証しても永久に「真実」にはたどり着けない。こう書くと本当に哲学的だなぁ、と思うのだが、日本では「科学」の「哲学」的な部分がすっかり抜け落ちて輸入され、数学などに通じる真理追究のような一面を持っているのがそもそも誤った道なのではないかと思うのだ。このように、仮説はあくまでも仮説であり、時代や人によってそのときの「白」と「黒」は異なり、変化する。これをわきまえておかないと、とんだ落とし穴にはまることになるかも知れない。

年金問題を採ってみても、年金融資や「グリーンピア」のような施設には「基礎年金」「厚生年金」を取り崩し、「国家公務員共済年金」と「地方公務員共済年金」には手を付けないという、普通に企業に勤めて年金の掛け金を納めている人からは「信じられない」ことが起きている。だが、そう思うのは我々だけで、社会保険庁の人間から見れば、「我々の掛け金に手を付けないのは当然でしょう。だって損するかも知れないんですよ。損したら、同じ公務員仲間に迷惑がかかるじゃないですか。」といったことが正論でまかり通っているかも知れないのだ。おそらく、本当にそう思っていても、それは彼らなりの真っ当な理論で、非の打ち所のないものなのかも知れない。だが、外にいる我々から見れば、「何を言ってるんだ!」と言うことになるだろう。非難を浴びても、「?」という顔をしてきょとんとするかも知れない。仮説などとはそういうものだ。「年金は公平に運用されている」とか「年金は無駄遣いないように運営されている」などという「仮説」を信じているのは、実は被害に遭っている側で、運営している側はまったく異なった「仮説」に基づいて動いているかも知れない。

お互いの議論がかみ合わない、というのは「信じる」仮説が異なるからだろう。年金にしたって、「ちょっとぐらいいい加減でも許される。」と思うのと、「お金なんだから厳格に管理しないとダメ。」と思うのでは、考え方が180度違う。異なる考えを持つ二人が議論をすれば、かみ合わないことは容易に予想できる。ガリレオの時代の天文学者と、今の天文学者が議論をしたら、話はまったくかみ合わないだろう。それだけ、時代や心の拘束力は大きいのである。

モバイルバージョンを終了