さてさて、経鼻内視鏡の話も最終回である。えぐいのは最初だけで、あとはどんどん無難になるだけだったが、最終回はどうだろうか?脅しは効くだろうか?(効かないだろうな)
内視鏡を飲む日の前日は、夕食はこなれの悪いもの(要するに繊維質)は避けて9時前に済まし、当日は水以外はダメよというおきまりのパターンである。こういうのを律儀に守るのが私なので、律儀に守って臨むのであった。
朝の8時半、時間である。T医院の入り口前に立つと、人の気配はない。「8時半だと開院前なので、開いてませんよ~」という話を思い出して、脇のインターフォンを押す。インターフォンといっても、会話できるようにはなっていないようで、医療事務の女性が出てきて空けてくれた。すると、誰もいないと思ったのは大間違いで、T先生をはじめ医療事務、看護師、ずらっと並んでいたのであった。挨拶をすると、当日の問診票ということで「麻酔で気持ち悪くなりましたか?」といった内容のアンケートに答えるステップがあり、いよいよ始まるのであった。
前日のT看護師とは違う、若い看護師さんが案内してくれる。「内視鏡は、奥の方なんですよ~」と本当に奥の方に案内される。たいていヒミツというのは奥に隠すものだが、やはりそうか。なんてくだらないことを思っていると、すべてがてきぱきと進むのであった。「では荷物を置いて、ベッドに仰向けになって下さい。」いきなり来たか!と思って身構えると、「リラックスして下さ~い。」とくる。見抜かれている。ワクワクなんていっていても、実はドキドキなのだ。
消泡剤、血管収縮剤や麻酔の話は前回したので省略してしまう。でもそれでは面白くないので、やはり実況せねばなるまい。鼻の片方の鼻炎の話は伝わっていたので、片方のみでチャレンジし、ダメなら経口に切り替える、ということで段取りが付いた。まずは、胃の中の泡を消すという消泡剤を飲まされる。次に、鼻の中に血管収縮剤をスプレーされる。かなり奥の方にも噴霧されるので、流れてのどの奥の方にもいってしまう。「流れた分は飲んでしまってかまいませんから~。」と言われるので、飲んでしまう。「ぐ。まずい。」当たり前である。何とも言えない苦みがのどを通りすぎていく。
それで1分放置。もともと鼻は通っていたので、あまり拡張した?ような気はしないのだが、通っている旨伝えると、今度は麻酔と来た。麻酔は、ジェル状のものを鼻の中に注入される。これも、「流れた分は飲んでしまってかまいませんから~」なので、そのつもりでいると、鼻の中に冷たく流れるものが…。何とも気色悪く、しかも流れた分は妙に甘いような感じもして、薬入りのシロップ、あんな感じなのであった。
さらに1分放置。この痕、いよいよテスト挿入となるのである。細めのチューブを、鼻に挿入する。「本当にするんすか?」って聞くまでもなく、挿入される。かわいい顔して、やることはダイレクトな看護師さんなのである。ここまで来て思ったが、これは立派な医療行為だと思うので、もしかしたら看護師さんではないのかも知れない。でもよくわからないので、とりあえず看護師さんということにしておく。で、鼻に挿入される。う~む、けっこう痛い。飛び上がるほどではないが、それでも結構痛い。まぁ、鼻の中に異物を挿入されているのだから当たり前だが。でもとりあえず通ったので、今度は本番仕様のチューブを挿入される。ヲイヲイ大丈夫なのかよという考えも問もする猶予も与えず、かわいい顔した看護師さんは突っ込むのであった(つくずく大腸の内視鏡でなくてよかったと思った)。
む?意外と痛くない。麻酔が効いてきたのか、それほどでもない。それに、こっちも無事貫通したということで、これなら経鼻でいって問題ないだろうということになる。そこで、T先生登場。手に内視鏡のチューブを持ち「さっそくいきましょう。」みたいな面持ちである。チューブに、さかんにさっきの麻酔剤を塗りたくっている。モニター画面をこっちにも向けてくれて、こちらからも見えるようにしてくれる。看護師さんが、焼き肉を食べるときのような前掛けをしてくれる。しかも、ティッシュを束ねて渡される。よだれが出てきても、飲み込まないようにという指示がある。嚥下動作をすると、内視鏡のチューブが入っているのでむせてしまうことがあるということだ。ティッシュは、よだれが出てきたらそれをぬぐうためのものらしい。
「いきます」の声とともに、挿入される。最初は鼻の穴。当たり前だが、鼻毛の生えているあたりを通過し、鼻腔内へ。う~む、鼻の中はこのようになっていたのか、と感慨に浸っていると、「この鼻の中の突起が大きいと、ダメなことがあるんですよ.」というT先生の声。幸い、支障があるような大きさではなかったということで、そのまま通過。ある程度進むと、気管と食道の分岐点にさしかかる。気道は、当然だがいつも開いているらしく、黒々としている。脇にあるくぼみが食道の入り口ということで、こっちは嚥下動作で開いたり閉じたりする。その際は、気道の方はうまく閉じるのだな、うまくできているなと思いつつ、T先生の声。「飲み込む動作をして下さい.」タイミングよくつばを飲み込むと、そのままカメラは食道の中に入っていく.。「うまくいきました.」との先生の声。そうか、うまくいったか、よかった、よかったと思いつつ、自分の食道ツアーを眺めている。
食道からは、胃に入る。たまに、画像が止まるときがあり、そのときは先生が撮影をしているらしい。胃に入ると、胃を膨らますために空気がチューブから送り込まれる。う~ん、膨満感。何もしていないのに、お腹が膨らむ感触は、変なものだ。怪しいのは十二指腸だということで、とにかくまずそこに行ってしまいましょう、ということになる。のど元から十二指腸まではかなり距離があるので、先生はどんどんチューブを鼻から送り込む。端から見ると、さぞ間抜けな風景だろうと思いつつ、それは経口でも変わらないか、とも思ったりする。で、十二指腸にたどり着くと、「う~ん、きれいなもんですよ、何もないですよ.」との言葉。え?そんなはずはと否定の言葉を発しようとしたとたん、「あ、ありました。これですね。」とクローズアップしてくれたのは(実際にはクローズアップできないので単に見せてくれただけだが)、まさしく潰瘍の傷。口内炎を何倍も大きくしたような粘膜のくぼみが、今まさに目の前にあるのだ。
よく見ると、真ん中あたりに赤いポッチもあり、そこから出血していたのだろうということになる。しかも、周辺には、潰瘍が治って引き連れたような痕もあるということで、過去にも潰瘍にかかっていたことが判明する。検診で、「十二指腸湾曲部に変形あり」という所見があったが、多分これのことだろう。とにかく、鋭い痛みを発することなく、妙な不快感とともに消えていった潰瘍があることは判明した。
主犯がわかれば、あとはひととおり見ましょうということになり、十二指腸、胃、食道のツアーが始まる。途中では、水で洗ったり、空気を入れたり、非常に忙しい。そのたびに、膨満感、お腹の中に何か流れる感触(なんか気持ち悪い)があったり、よく考えればそれはすべてあの細いチューブ経由で行われているわけで、いやはや技術の進歩は素晴らしいなどと感慨に浸ってみたりするのだが、これだけではないのであった。ピロリ菌の存在を確認するために、組織片を採取するのであるが、さっきのかわいい看護師さんが採取を操作すると、鋏のようなもので胃とかから切り取っていく様がはっきり見えるのである。映像のファイバー、空気を送る管、水を送る管、採取のための操作機器も、すべてこの鼻の中を通っているとはなんたることか。
ちなみに胃には、上部にただれのようなものがあり、炎症の一歩手前といったものも発見されて、これはこれで気になるのだが、T先生のとりあえずすぐに心配するようなものではないという声を聞いて一安心し、ツアーを終えた(いつの間にかツアーになっている)。うむ、まさしくツアーなのである。ベッドに横になっていると、目の前に自分の内臓が「さあ見てくれ!」とすべてをさらけ出しているのである。普段は決してみることにできない、まさしく秘境である。だがそれを見るときは、たいていよくない状況のときなのだ。
すべて終わると、鼻の中が抜歯後の口の中のような感じで感覚がなく、鼻水が出ていても気付かず、不思議なことに鼻もうまくかめないのだ。そう、まさしく口の中で起きていたことが鼻の中でも起きている、そんな感じだ。これは、半日ばかり続くのである。
結局は、十二指腸潰瘍ということが判明し、まずは潰瘍を消すための内科療法を行うことになる。これはいわゆる投薬で、何週間もかけて行うということだ。この時点では、ピロリ菌の有無はわからないので、2週間後に診断を仰ぐことになる。ということで、薬をとりあえず2週間分もらい、切れる時点で再診することになる。
状況は、T先生が実にうまく説明してくれるのだが、お土産で腹の中を探った写真をくれた。食道、胃上部、胃下部、十二指腸(患部)が詰まった4点セットだ。わ~い、うれしいなという気持ちになるわけもなく、ありがたくいただく。家族や、職場への証拠にはなるだろう(皆私がそんなセンシティブな病気になるわけないと思っている)。
というわけで、これから先、潰瘍と(それと判明した場合の)ピロリ菌退治が待っているのである。余談だが、内視鏡を入れられている間、大量に送り込まれた空気と水が、その後の生活にかなり影響したことを添えておく。鼻から入れるか、口から入れるかであまり差はないのだろうが、経鼻の内視鏡検査は意外と快適(?)であったというのが結論だろうか。経口に比べ、ファイバーの経を細くせざるを得ないためにカメラも小さくなり、あらゆるものが小さくなるために得られる情報量に不利がある、操作性にも難があるというマイナスポイントを文献で読んだが、少なくとも今回はそんなことは感じられなかった。ケースバイケースだろうが、技術の進歩で負担の軽い診療が得られるのは、患者にとっては福音である。こういった進歩は歓迎したい。
まだ治療は終わっていないが、今回の一連の記事を読んでくれた方、ありがとうございました。