先日、どこかのニュースで、採用担当者の本音という記事を読みました。20年以上、採用に間接的に関わってきた立場からは至極ごもっともな内容だったのですが、某掲示板では散々な評価でした。
企業の奴隷を欲しがっているとか、福利厚生についてきちんと言えないような企業はダメだとか。
では、その本音というのはどのようなものなのでしょうか?
なんてことはありません。福利厚生のことばかり気にしている学生は欲しくないとか、エコ活動(社会貢献活動)のことばかり聞いてくる学生も遠慮しているとか、そんな内容です。
某掲示板では、下手すれば一生働く環境を気にするのは当然、という意見が多く見られました。それは、確かにそのとおりだと思いますし、社会貢献活動への質問などに対する意見などは少なくて、ほとんどがこの福利厚生についての意見でした。
では、なぜ遠慮するのでしょうか?
このあたりが、現在の就職に関する需給ギャップの一環、というような気がしています。
こういうところに熱心な学生さんは、居心地のよい勤め先を探していらっしゃるのだと思います。おそらく大学も卒業するので、次の居場所、という感覚でいらっしゃるのかと。
ですから、まずは自分にとって居心地がよいか(福利厚生が充実しているか)、自分の居場所が外部から見てイメージよいか(社会貢献活動に積極的か、など)ということを気にされるのではないかと思います。
しかし、学校と企業では、その存在目的がまるっきり違います。学校はお金をもらって教育を施すところ、企業はお金を払って収益に貢献してもらうところです。つまり、お金の流れが逆になるのです。
企業は収益を上げねばなりませんから、そこに貢献できる人材を優先して確保したいのは当たり前です。人材の多様化という考えもありますが、足を引っ張る人材をわざわざ採る必要はないでしょう。基本はそこにあるわけです。
福利厚生などの各種制度は、そのような人材に安心して働いてもらいたいから整備するものです。順番が逆なのです。まず働く、その上に福利厚生があるのです。福利厚生自体も、会社が収益を上げられないのでは成り立ちません。歴史のある企業は、成長の過程で徐々に福利厚生を整備して今のような状況になったのであり、起ち上げ当時は満足な制度がなかったに違いありません。
面接は、学生さんからしたら「自分の有能性をアピールする場所」であり、企業からすれば「応募者の有能性を判断する場所」であるわけです。面接はよくお見合いに例えられますが、男性が女性に(もしくはその逆もあり)「結婚したら自分に何をしてくれますか?」とかいった相手のマインドやスペックばかり熱心に質問してくるようなら、破談になるでしょう。
何だか、昨年流行した「婚活」も、こんなパターンかと思いました。
まぁ、お見合いで、自分のことばかり熱心にアピールしてくる人は少し引くかも知れませんが、就職となれば話は別です。学生さんは自分の優秀さをアピールし、企業はそれを見定めます。もちろん、学生さんにも選ぶ権利がありますから、自分のレベルにそぐわない企業は最初から受けなければよいだけの話です。
ちょっとだけ書こうとして長文になってしまいましたが、福利厚生に執心する学生さんは、居心地のよい場所を探しているだけのケースが多く、そういう人は収益に貢献できるような優秀な人材であるケースが少ないということを、採用担当者は経験的に持っているのでしょう。ですからご遠慮する、というような話になるのではと思います。
自らが優秀だと自負する学生さんは、事前に企業の福利厚生などの状況をよく調べておき、企業をふるいにかけるならその時点でかけてしまい、これと思う企業との面接では仕事に直結した話に絞ってやり取りするようにしましょう。
またもビジネス書調に書いてみましたが、難しいですね、やはり。