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不味い!―小泉武夫

男おいどんの親指入りラーメンの恐怖を実際に味わう!

小泉武夫氏といえば、食いしん坊で有名な大学の先生であり、著作もたくさんある人である。私も紹介した、椎名誠氏の「全日本食えば食える図鑑」の中でも紹介されている人である。基本的に、旨いものを食った、とかそういうものなのだが、この本は、「不味いものを食った」という点で異色である。

新潮文庫版。

単行本。

美味いものの対極に、不味いものあり。世の中、美味いものばかりであったら、果たして美味く感じるだろうか?程度の差こそあれ、美味でないものの存在が、美味さを際立たせる。そういう意味で貴重な「不味い」ものを、著者が巡り会った中から紹介する。

不味いものとは、いろいろな要因で生み出されるものだろう。素材がとにかくダメ。料理法がダメ。器や盛りつけがダメ。状況がダメ。そう、素材や料理法で不味くなってしまうほかに、出され方、食べるときの状況、そういったものもあるのである。

素材がダメな例。産卵後の身がパサパサの鮭。ほとんど捨て値で売られているので、コストダウンのために買ってくる。そしてそれを料理に出す。美味いわけがない。料理店、料理人の良心が問われる。

料理法がダメな例。上等の鮭でも、焼くのではなく、蒸して出してくる。蒸してしまうので、油や水分が抜けて、味気なくなる。鮭は焼いてこそ美味い。カリカリになった皮と、その裏側の脂ののった部分。これに醤油をかけてご飯をかっこんだら何と美味いことか。焼くのは手間がかかるし、蒸すのは一片にできる。これも、料理店、料理人の良心が問われる。

出し方がダメな例。これこそ、冒頭で書いた男おいどんのことであろう。昔、男おいどんという松本零士作のマンガがあった。印象的なシーンで、ラーメン屋で「おいどん」はラーメンを注文する。だが店のおばちゃんは、こともあろうに親指をスープに突っ込んで出してくるのだ。

それをみたら普通はげんなりするものだが、「おいどん」は「おいどんは食う。うまいと思わんばってん、うまいと思って食う」とたいらげるのだ。「おいどん」も「うまいと思わん」と言っているのだ。実際の味はともかく、親指の入ったラーメンは、食欲を減退させるに十分である。

最後は、食べるときの状況だろうか。著者は、盲腸炎をこじらせて腹膜炎で大手術を受ける。するとしばらく入院生活ということになるのだが、病院食がまずいとほざく。病院で病人のために出されるのだから、味付け以前に栄養、消化優先である。不味いと言ってはいけないのである(それでも不味いと言い切り、内緒で鰻弁当を差し入れてもらうなどは噴飯ものだが)。

個人的には、たまたま立ち寄った街の定食屋で食べたダメダメな主人の作るダメダメな料理、というものをもっと読みたかったが。結構、いい物を食べているような気がする。

私の場合、結納のときに出された「大トロの刺身」がダメだった。すごくいいものを探して出してくれたその心配りには頭が下がるのだが、どうしても食べることができなかった。まず、私は貧乏だったのでマグロと言えば赤身であった。次に、大トロは厚さ2cmほどにカットされていたので、繊維質の多い大トロは厚くて噛みきれないのであった。噛んでも噛みきれず、脂ばっかりにじみ出てくる刺身は、一切れ食べるのが精一杯であった。

今から思えばもったいないことをしたと思うのだが、ダメなものはダメなのであった。食べ、ものというのは、相手のことも考えて出さないと、単なる不味いものになってしまうというもったいない例である。

ちなみに、文庫版のカバーと挿絵は、どっかで見たことがあるなと思っていたら、漫画家の山科けいすけ氏である。昔「ヤングジャンプ」で読んでいたような。懐かしい。

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