「小網代」というところをご存じだろうか?おそらく、神奈川県在住でもなければ、名前も聞いたことがないだろう。かくいう私も、神奈川県在住でありながら、その名前を初めて聞く口だ。本書「環境を知るとはどういうことか」(PHPサイエンス・ワールド新書)は、この「小網代」を著者である養老孟司氏、岸由二氏が歩くところから始まる。
「小網代の森」は、神奈川県三浦市小網代にある緑地である。三浦半島の中ほど、小網代湾に面した80ヘクタールあたりの一帯を指す。「京急油壺マリンパーク」の近くといえば、わかりやすいかも知れない。
詳しいことは省くが、「小網代の森」の特徴は、川の源流から海に注ぐまでを、ひとつの緑地で見ることができるということだ。つまり、源流域に行き、そこから流れを下ると、海に出る。実際には干潟になっているのだが、そこまでをすべて見ることができるらしい。
本書の第1章は、この「小網代の森」を歩いた様子である。ここだけカラーで印刷してあり、写真も豊富である。私などは、ここを読むだけで、「一度ここを訪れてみたい」と思うほどだ。緑の中を歩き、虫や木と出会う。カニやエビもいる。わずか1kmほどの道のりで、さまざまな生き物と風景に出会う。だが、ちょっと読んだだけで、ここはいわゆる「市民の森」ではないことに気付く。
本書の章末にもあるが、「小網代の森」は積極的に公開されていない。中央の谷に沿ったトレイル(山道)以外に歩くところはない。また、レジャー気分で遊んだり、大勢で押しかけてもいけない。言い方は悪いが、気難しいところなのである。だが、この森の成り立ちを思えば、そんな安易な場所ではないとわかるだろう。
本書は「小網代の森」を紹介してはいるが、紹介するためだけの本でもない。主旨は、表題通り、「環境を知るとはどういうことか」である。「環境」と一口にいっても、それがどういうことなのか、説明できる人はそうざらにいまい。「環境問題」といいながら、それがどういう問題か、一口で定義することはできないのだ。
本書の前半は、養老孟司氏と岸由二氏の対談で、主に「小網代の森」に関する話になっている。養老孟司氏は有名なので改めて説明の必要はないだろうが、岸由二氏は生物学者で、学者としての活動とともに、小網代の保全活動、氏の在住する鶴見川(これも神奈川県に流れる川だ)流域の保全活動を行っている。話を読んでいて意外なのは、小網代がもとは住宅地で、ゴルフ練習場もあって、田んぼや畑もあるといったエリアだったということだ。そういう地域が、緑地として保全されるまでの話をメインに書かれている。
後半は、元国土交通省河川局長の竹村公太郎氏を交えて、三者で河川行政などの話となる。ここでは、「鶴見川」の保全活動などの話がメインになっている。鶴見川は、東京都町田市に源流があり、横浜市を突っ切って、川崎市から海に注ぐという一級河川だ。実は、この川の支流は我が家の近くを流れる「早渕川」で、私のよく行く「新治市民の森」近くの「梅田川」も、鶴見川の支流なのだ。と考えると、鶴見川とその支流沿いに住んで、遊んで、と非常に川に縁の深い生活をしているということになる。
これは、地域を「流域」として捉えようということに近いのだろうか、とも思う。本書では、「流域思考」というキーワードが頻出するが、要は川の流域というものでエリアを区切り、それを以てあらゆることのベースにしようというわけだ。いわゆる行政区とは異なり、「川」というもので結ばれた、誠に理にかなった区切り方と思う。鶴見川なら、鶴見川流域区、そこにさらに小さな早渕川流域区、梅田川流域区、といったものができるわけだ。川の流れを通じた一体感といったものが感じられて、面白いと思うのだ。
ところで、この「鶴見川流域区」は、「バク」の形に似ているという。バクとは、あのバクである。ちょっと鼻の長い感じ、足の短い、動物である。「鶴見川流域はバクの形」というと、みんな親しみを持ってみてくれるだろう。ちなみに我が「たまプラーザ」はバクの背中のあたりである。
ついでにいうと、「多摩三浦丘陵」という、東京都の高尾山から三浦半島の先までを覆う広大な丘陵地帯は、「イルカ」だという。ううむ、確かに似ているが、角度を変えると日本列島に見えなくもない(このへんは書かれていない)。イルカのひれのあたりに、バクがいる。こう捉えると面白い。
まぁ、いろいろ書いていくと書ききれないのだが、有り体にいえば「人はどうやって自然と関わっていくか」という考え方がいろいろ書かれているのである。多少哲学的でもあるし、解剖学者の養老孟司氏もいるので人間の脳といったところから入ることもある。政治や行政の話もある。多少難解ともいえる部分もあるが、いろいろな気付きとともに、記憶を呼び覚ましてくれることもある。
最後に、本書にもあるこの質問を。「あなたは、誰とどこに住んでいますか?」
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