ブレーメンⅡ―川原泉

「ブレーメンII」。「ブレーメン」とは「ブレーメンの音楽隊」のあのブレーメンである。ときは300年後の未来。ネタバレになるので詳しくは書かないが、人類は少子化が進み、また宇宙にも進出していったので、決定的に人材不足となった。そこで、環境保護政策によって十分に増えた動物たちに脳科学な細工、脊椎や声帯にも細工を施し、人類と同じような仕事をさせるべく計画が持ち上がり、実行に移された。そうだ、このお話はSFである。川原泉もSFを描くのだ、これは面白いに違いないという、お話である。

ブレーメン2 第1巻 (白泉社文庫 か 1-14)  文庫版の第1巻。

主人公は「ジャパン・エリア」の「キラ・ナルセ」という女性である。何となく「メイプル戦記」の「広岡監督」を彷彿とさせる。やり手のキャプテン(船長)。抜擢したのは、主人公格の、「ナッシュ・レギオン」社長。大型輸送船の「ブレーメンII」号の船長に抜擢されたナルセ女史だが、乗組員は、全員遺伝子操作をされた動物である。

副船長はマウンテンゴリラの「ダンテ」君である。航海長は黒ヒョウの「オスカー」君、航空図士はウサギの「シルビア」さん、機関長はヒグマの「「ミーシャ」。甲板員の「マエダ」君に至ってはカエルである。カエルがなぜか大きくて、普通に人語を話す。漫画だから、といってしまえばそれまでだが、ナルセ船長の驚きぶりがおかしい。

彼らが、輸送船で宇宙を旅して、各所に荷物を届けつつ、トラブルに巻き込まれながらも克服し、川原漫画らしく一同皆ハッピー、という結末である。こう書いてしまうとそれまでなのだが、川原漫画はそれでは済まない。何とも言えない癒しを与えてくれるのは、いつもどおりだ。

川原漫画には、正真正銘の敵以外には、悪い人がいない。いや、悪い人がいるのだが、最後には善人になってしまう、そんな危うさを併せ持っている。安心して読める。だが、「水戸黄門」的なものではない。悪がばっさばっさ切られて終わり、番組終了後には皆が島流しか打ち首獄門、市中引き回しとかそう言うのがあるとしても、こっちにはそう言うのがない。暗さがない。希望に持ち溢れている。

最初は動物乗組員相手にびびっていたナルセ船長だが、いざ航海に出れば、的確な指示で皆の支持を得ていく。動物たちの尊敬を得て、順風満帆と行くのだが、ところがどっこい、そうは問屋が卸さない。しっかりとトラブルの種がある。

そう言えば、この作品で重要なポジションと言えば、(自称)火星人の「アール・グレイ」である(紅茶か、お前は!)。この妙な生き物は、火星人であり、火星を脱出する際に、痕跡を完膚無きまでに破壊した(謎の人面を残して)。最初は単なる脇役であったが、中盤ではキーマンとしての存在を表す。会話の通じない彼だが(「もつ鍋」)、なぜか人語や状況はわかるようで(「スイカの種を食べますし」)、絶妙なタイミングで現れ、窮地を救うのだ。

個人的には、この宇宙人が好きなのだが、あまり丁重に扱われていないのが残念だ。まぁ、この宇宙人を好きで、かばうとか、応援するとか、そんな人はあまりいないと思うのだが…(よく考えると、この宇宙人は、榎本俊二の漫画に出てくる宇宙人に通じるものがある)。

実際のストーリーは作品を読んで欲しいのだが、ちょっとした設定が面白いのも、川原漫画の特色だ。船には食堂があるが、肉類は合成だ(何しろ、クルーにブタがいるのだ)。図書館の館長はシロヤギで、農園にはタチワニがいる。ペンギンのクルーもいるし、機関室にいるのはミーシャとホッキョクグマである。医務室にはオーストラリアの有袋類、カンガルー、ワラビーなどがいる。

ほのぼのと進んでいるようなお話も、途中で大量虐殺シーンが現れたり油断ならないが、なぜかそれでも安心して読めるのはなぜだろうか?川原漫画では決してひどいことは起きない、という信頼からだろうか?果たしてそれはあたりなのかどうなのか、実際のところは、まずは読んで欲しいと思う。

結果的には、幸せな気持ちになるに違いない。あなたも、周囲の人も。

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