脳のからくり―竹内薫

脳科学者の茂木健一郎氏の監修、サイエンスライターの竹内薫氏の筆による「脳のからくり」である。文庫版でも2006年発刊と、結構古い。てっきり茂木健一郎氏の著作かと思い,よく見ずに文庫版を購入してしまったが、読み始めたら竹内薫氏の著作であることに気付いた。こういった早合点も、脳のからくりを理解すれば納得できるはずである。

脳のからくり (新潮文庫)文庫版。 脳のからくり―わくわくドキドキする脳の話単行本。

「脳のからくり」というくらいだから、脳の構造がどうなっていて、各部位の働きがどうなっていて、などという話を期待するはず。実際、出だしはそんな感じで、脳のおおざっぱな構造や働きの解説から始まる。

だがまぁ、そういった「機能的」とも言える脳の働きに対して、「意識」と言ったものがどのように脳で実現されているのか、そういったことに仮説を立てるのがこの本の眉目である。

人生も折り返し地点を過ぎた今、「死」というものに漠然とした思いを抱くようになった。あと何十年かすれば、あるいは明日にでも、「死」というのは訪れる。死にたくないとか、死が怖いとか、そういった感情とは別に、「死んだあとはどうなるのだろうか?」という疑問が強くなってくる。そう、今ここでこのブログを書いている自分も、死んでしまえばこの世から消えてしまうわけだが、果たしてブログを書くという思考や意識、そういったものまで消え去ってしまうのだろうか?死んでしまうと肉体は消え、客観的には存在しないことになってしまうのだが、果たしてそうなのだろうか?

面白いことに、ここでブログを書いている自分を客観視している別の自分がいるのだ。つまり、ブログを書くと言うことは一種の精神活動に違いないが、「ああ、今ブログを書いているな」と言うことを認識できるのだ。さらに言えば、そういったことを考えていると言うことをさらに認識できるという、こう考えていくときりがないのだが、まか不思議なことが起きている。「我考える、故に我あり」とはよく言ったものだ。自分の存在は自分によってのみ認識できる、というのは非常に面白い。誰も、他人の意識はわからないのだから。

あまりに哲学的な話になってしまったので本の話に戻すと(今まで書いてきたことも本の中身とは無関係ではないのだけれど)、脳がどういうものかということを解き明かしていくと、突き詰めれば物質というレベルまで掘り下げることができる。この物質の塊に「意識」というものが宿るのであれば、他の物質、たとえば石ころや植物などにも同じように意識は宿るのではないか、という大胆な仮説を立てている。むしろ、宿らないことを証明することはできない、という仮説だ。だから、死して脳という形態を解かれても、脳を構成していた物質は広く浅く拡散し、きわめて薄い意識として存在できる、というのだ。こう考えると、宇宙の意志とか、神の存在とかというのも、現実味を帯びてくる(素っ頓狂な話ではあると思うが)。きわめて薄い意識でもそれは広大な範囲にわたれば、強いものとなって影響のあるものになるかもしれない。神というのは、きわめて強い意識体の塊かもしれない。ほとんどSFの世界だが、こういったことまで想像できてしまうような、一種のとりがーとなり得る要素がこの本にあった。

まぁ、前半部分の脳の機能的解説というあたりは面白くすいすい読めるのだが、実はこの本の眉目はそこにはなく、後半の「意識」に関する部分にあるのだ。量子力学まで持ち出しての話(竹内薫氏は本来物理学者だ)の話になり、眉唾物と言えばそうなのであるが、それなりに新鮮に読める。脳科学者でない人間が脳について書いたと言うことで、あまり専門的にならずにさらっと読める内容であった、とも言えるだろう。

監修者の茂木健一郎氏はテレビなどにもよく出演し、その中で「クオリア」という言葉を盛んに使うので、聞いたこともあるかと思うが、この本では一章のみ茂木健一郎氏の著述によるものが含まれており、そこに「クオリア」の片鱗が書かれている。「このコーヒーは美味しいな」とか「最高の風景だ」とか「気持ちいい風だね」などといった脳の働きというのは、非常に興味深い。きれいな虹だと思う気持ちは、外側の青の波長が何マイクロで、などという理解とは結びつかない。つまり、青の波長を認識している脳の部分はもちろんあるが、そこがそのまま「きれいな虹」という感情を生んでいるとは思えない。私には正直、茂木健一郎氏の話は難しいのでよくわからなかったが、そこが人の脳を脳たらしめている「機能」なのだろう。

またも、ちょっと書こうと思っただけで長くなってしまった。こういったことを書いていくという脳の働きというのは、非常に興味がある。ということを書けといっている別の自分がいる。というのを眺めている別の自分がいる。だが、これらの自分は、実は一人なのである。面白いなぁ。

ちなみに、SF作家の湯川薫氏の短編が収録されているが、ちょっと蛇足かと思った。湯川薫氏は、竹内薫氏のSF作家としてのアバターである。こういった演じわけも、脳の機能である。

コメント

  1. bear より:

    うんうん・・・おもしろいです、実に。

  2. なおさん より:

    bearさん、
    本当に面白いです。と思っている自分が見えるのがまた不思議。