期待しないという選択

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【この記事は昨日投稿しようと思っていましたものです】久々のつぶやきです。まぁイベントがないからつぶやくしかないのか、と邪推下さい。ところで、私の最近の思考トレンドは、「都合のよい期待はしない」です。期待しないなんて、寂しい人生だなぁ、と思われたあなた、「都合のよい」がポイントです。

何かよくない状態が続くと、「次はきっと」と思いたいのが人情です。たとえば、今のK総理大臣がダメダメだからさっさとやめてもらって、かの国に対しても威勢のよいあのM大臣ならきっとよい方向に運んでくれるに違いない、といった思考パターンです。

こういった思考パターンは、騙される、裏切られるためにあるようなものですね。というのは、そこにはロジックがないからです。

期待や希望は、ある意味思考を停止させて、ロジックを覆い隠してしまうようなものです。相手に期待すればいいのですから、期待する側は考えずに済むから楽です。ですが考えないことで、肝心なことを見逃す、失う、ということになりかねません。

期待しないと、失うものもないので、冷静になれます。本当に大丈夫か、ということをさまざまな角度から検証するようになります。確かにあの大臣は威勢がいいけど、よく考えたらあの件も、この件も、放置されているんじゃなかったっけ?ということは、次回も同じパターンになるんじゃないか?といったことが簡単に読めるわけです。

私の仕事で言えば、たとえば編集者なので著者さんを相手にするのが日常なわけですが、「期日どおりに原稿をあげてもらえる」といった期待は、たいていの場合裏切られます(きちんと脱稿してくれる著者の方、すいません)。期待すれば、その日までただ待てばいいので楽ですが、約束が守られなかったら大変なことになります。

結局、自分が大変なことになり、周囲もそれに巻き込むことになります。

この人は大丈夫そうだとか、口だけでやっぱりダメだろうというのは、これまでの経験や実績である程度わかるものです。だから、ダメそうな場合には期待せずに、保険をかける、ということが発想として出てくるわけです。保険をかけるという行為にはコストが伴うので、行う側は大変です。ですがこの大変なことを行うことに、価値があるわけです。

話が飛びましたが、物事がうまくいっていないときには、どこかに救いを探すのではなく、冷静になって論理的に考え行動することが必要、と言いたいのでした。とはいえ、期待するという気持ちは大事で、否定するものではありません。考え抜いて、行動して、その結論としてすべてを託したあとに期待する、というのは正しいと思います。それなら破れても悔いなし、と思うでしょう。

いつまでも悔いっぱなしの人生なんて、詰まらないものですから…。

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