金曜の夜―田園都市線からの贈り物

金曜の夜。新刊もできたし、早く帰って(注:10時ぐらいなら早い部類に入る)ビールでも買って帰ろうかな♪といつもの駅(東京メトロ半蔵門線青山一丁目駅)に向かった私を迎えてくれたのは、無慈悲な電光掲示板の表示であった。

21時37分頃、田園都市線宮崎台駅で人身事故発生のため、田園都市線への直通運転を中止している、という内容であった。この瞬間、まったりと過ごす金曜の夜の夢は、無残に砕かれた。いや、人身事故だからそんなことも言ってられないのだが、東急田園都市線でこういうことが起きると、多くの人の共通の気持ちは、「またか」ではないだろうかと思っている。どういうわけか、「狙って」起きているような気もするし、そんなことは言ってはいけないのだろうが、月曜の朝、月初め、会議のある朝、ラッシュ時間帯、金曜の夜に起きやすいと思っているのは私だけだろうか?

人身事故だから文句は言えない、いやしかし、と葛藤する気持ちを抱えつつ、渋谷まで行っているのならと東京メトロ半蔵門線のホームに立った。渋谷まで行けば、東急東横線という選択肢もある。クソ、こんなことなら六本木に行って日比谷線で東横線に入るというのを最初から選んでおけばよかったと思っても、後の祭りだ。

電車は来ていたので、そのまま乗り込む。行き先表示は、「急行 渋谷」になっている。確かに、渋谷の折り返しと言うことだが、実は渋谷駅はそんなに簡単に折り返せる構造になっていない。ターミナル駅としての構造はなく、基本的に通過駅である。だから、渋谷折り返しとは事実上そこで止まってしまう、ということなのだ。ちなみに乗り込んだのは22時ちょうどくらいである。

さすがに車内の客は少なく、座席は満席、立っている人がそこそこ、といった感じで、いつもの急行の1/3ほどの乗車率か?乗り込んで、荷物を網棚に上げ、本でも読もうと思う。車内アナウンスは、並行している銀座線を使って渋谷まで行け、ということを言っているが、先ほどその銀座線の殺人的な混雑具合を見てきたので、時間はかかるだろうがこのまま半蔵門線を使うことにする。こういうときは、アナウンスに素直に従わず、焦らないことが必要だ。

しばらくすると、しびれを切らしたのか、目の前の人が下りたので、その席に座らせてもらう。とたんに、発車した。とりあえず次の駅(表参道)までは行けるらしい。そこまで行けば、千代田線という選択肢も生まれる。表参道駅に着けば、やはり人はまばらで、ホームにアナウンスが響く。「本日も、東急田園都市線ご利用のお客様にご迷惑をおかけしております…。」なにげなく「本日も」である。このさりげない一言に、東京メトロと東急電鉄の関係がわかりそうなものだ。半蔵門線がぐちゃぐちゃになるのはたいていは東急由来、そこまで思っているのかも知れない。

表参道駅は、あまり時間をかけずに出発した。渋谷まで着けばいいかと思っていたら、急遽「溝ノ口行き」に変更になったらしい。これはラッキーだ。そうである、乗っていると、状況が改善されるにつれ、最終駅が伸びるのだ。これは、今までのことからも経験済みで、下手に振り替え輸送などを利用すると、混む上に遠回りという悲惨なことになる。これで、溝ノ口までは行けることになったわけだ。ちなみに、事故のあった宮崎台駅を中心に、梶が谷と宮前平の間が運休となっている。レスキュー隊による救護、消防と警察による現場検証中と言うことで、事故の大きさが予想される。

渋谷駅では、この先にいけるとなったということで、長い乗車待ちの列であった。車内は、いきなりパンパンになった。いつも、渋谷でそれまでの二倍ほどの乗車率になるのだが、この日もひどかったようだ。何度もドアを閉め直し、発車する。用賀駅あたりまでは、比較的スムースに列車が走るのであった。

だがそこからが行けない。二子玉川駅に入るあたりから、どん詰まりになった。溝の口で折り返しを行っているので、それに時間がかかっているという。ちなみに、今回の車掌さんは、状況をできるだけ詳しく伝えようと努力している口調で、好感が持てる。バカ丁寧な言葉で詫びばかり入るより、平易な口調で状況を詳しく伝えてくれた方が乗客は安心できる。振り替え輸送のルートを詳しく紹介してくれるのもいい。教えてくれたルートは周知のものだが、頭で想像するとえらく遠回りなのだ。下手すれば電車が終わってしまう?とまではいかないだろうが、そのルートを利用するには勇気がいるのであった。

それにしても列車が進まない。折り返しとは、そんなに時間がかかるものなのか?と思うのだが、あとでわかったのだが溝の口駅で折り返すのではなく、そのままひとつ先の梶が谷駅まで行き、そこで折り返しているようだ。だったらなおさら余裕ができそうなものだが、そうもいかないらしい。理由は、詳しくないのでよくわからない。

現場検証には時間がかかっている、というアナウンスがたびたび流れる。背筋も寒くなってくる。どういう事故なのだろう、この年の瀬に切羽詰まって?とか、どこかの酔っぱらいが?とか想像するが、真相はわからないのだ。ただ、誰かが亡くなったか大けがをした、そこまでしか我々にはわからないのだ。こればかりはしようがない。皆それをわかっているから、じっと我慢して待っているのだ。こういうとき、田園都市線の乗客は我慢強いなぁ、と思う。それとも慣れっこなのか…。

いよいよ、折り返し駅のひとつ前の高津駅まで来れた。ここで20分ほど停車する。目立って人が下りたのは、ここで下りてタクシーを利用しようという意図なのだろう。終点までいってしまえばタクシーの利用は難しくなる。私も終電が途中止まりのときには、手前で下りてタクシーを利用する。ちょっとしたテクニックだ。もしかしたら、待っている間に、行き先が伸びないか?なんてことばかり考えている。正直、溝の口で放り出されても、振り替えではえらい遠回りだし、タクシーなどは無理だろうし、徒歩などほとんど不可能だ。

そうこうするうちに、車内アナウンスがあり、現場検証が終了、行き先が中央林間(田園都市線の終点)に変わった旨が流れた。車内にちょっとしたどよめき。皆、これで一安心と思ったのだろう。そこから先は、比較的スムースに列車が走った。事故のあった駅に停車しても、皆気になるのだろうが、あえて気が付かないフリをしていたのだろうと思う。

ようやく降車駅のたまプラーザへ。電車に乗ってから1時間半くらいだろうか。通常の3倍近くだ。トータルでは、2時間ほどかかって帰宅したことになる。文庫本を一冊読み終えてしまった。私は着席していたからよかったが、立ちっぱなしの人は、本当にお疲れ様であった。

今回の件は東急に直接の非はないので、皮肉めいたタイトルは、あとから「すまない」と思った。

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