【つぶやき】たかが給食費、されど給食費

先日聞いた話です。子どもが通う市立小学校は、2期続けて給食費の未納が「ゼロ」だったそうです。ゼロもすごいですが、2期続けて、というのもすごい話です。地域によっては未納が1割にも達する、というところもある中、本当かいなと思いましたが、校長先生の言っていることなので多分本当なのでしょう。

ゼロというのは、まったくいないということです。1, 2人ぐらいいてもよさそうなものですが、ゼロなんですね。しかもそれが2期続いているという。企業でいえば、あらゆる面での予算達成を2期続けて実現した、そういうところでしょうか(ちょっと違うかな)。

なぜ、未納をゼロにできるのでしょうか?1,000人を越える生徒数の学校ですから、1割未納なら100人。しかし、これがゼロ。地域自慢をするわけではないですが、地域性の要因は大きいのではないかと思っています。

客観的な話として見て欲しいのですが、比較的裕福で親の学歴レベルが高い家庭が多い地域であるということがあります。沿線ではシンボル的な地域で、相対的に地価も高く、それに応じて居住者の収入レベルも高く、関連して教育水準も高くなっていると言えそうです。こういった要因がまずベースにあるでしょう。ない袖は振れない、というように出せるものがなければ出すことはできない、という事情は理解できます。

地域性の話の別の視点ですが、新興住宅地のように新しくマンションや一戸建てがばんばん建つ地域ではありますが、古くからの家も残っており、農家や大地主の影響の強い地域でもあります。催し物では地元の農家の方が現物を拠出したり、人的協力も大きく、いわゆる「コミュニティ」というものがかろうじて残っている、ということもできます。

さらに、特殊な要因として、学区内に象徴的な幼稚園があるのですが、そこからそのまま小学校に上がる例が多く、これはつまり幼稚園のときのコミュニティが生きているということです。その幼稚園は送迎バスのようなシステムを持たず、すべての親が幼稚園まで子どもを送り届け、かつ引き取らねばなりません。送迎時には幼稚園に親が集合しますから、そこにコミュニティが発生します。しかも、自家用車を乗り付けることは禁止されており、それが地元率を高める要因にもなっています。

上の最後の要因は、小学校でも皆さん最初から顔見知りであることが多い、これは言い方は悪いですが相互監視が行き届いていることを意味しています。誰かの行動は、すぐに誰かの耳に入り、共有される。地域性にあるように教育水準も高ければ、変な行動がどういった結果を招くかというのを想像するのはたやすいと思われます。一種の抑止力になっていると思います。

いわば、新興住宅地でありながら、田舎のような文化が存在する、そんな感じでしょうか。私がここに住み始めてから感じている、他の駅周辺には見られない雰囲気は、こういったところから出てくるのかな、とも感じています。駅はキレイに整備されて最先端を行っているような感じですが、周辺の生活は割と落ち着いていて、そんなに浮ついたところもありません。

給食費未納の話が飛んでしまいましたが、ゼロの実現には、学校としての努力もあるのではないかと思います。未納率の高い学校の負担を減らすために、給食費のプール制を導入するなどという話も聞きます。プール制で、負担を共有するといえば聞こえがいいですが、それは問題を曖昧にして、先送りにしてしまうだけとも思えます。能力的に納付できないという事実には、それこそ行政が個別に対応すればいい話で、十把一絡げにして問題をないものにしてしまう、という姿勢には賛成できません。

たかが給食費、されど給食費、というところでしょうか。変な人が知事や市長、いわゆる「トップ」になってしまうと、せっかくうまくいっているとこもダメにされかねません。皆がよい方向を目指して努力する、そんなふうに持っていって欲しいものです。

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