その日、私は仕事の関係で、ゲラをどうしても著者に届けなければならなかった。できれば、早い時間が望ましい。ただ、DTPのオペレータが作業に不慣れなのか、思ったより時間がかかり、持ち出せるのは9時を過ぎてしまっていた。このままでは日が変わってしまう。一刻も早く届けなければならない。
その著者は私の自宅の近くの住まいであったので、まずは自宅に行って車を出し、車で向かおうということにした。オフィスを出ると、なんたることか雨がぱらついている。これくらいの雨なら、と思っていたらどんどん強くなる。う~む、雨男の面目躍如かと感心しながら、とにかく駅に急ぐ。
駅に着いた。目的の地下鉄ホームまで早足で歩く。ホームに降りると、何だか様子が変だ。電車が停まっている。電車が停まっているなら、そのまま乗ればいいじゃないかと思うのだが、いつもの慌ただしさがない。こういうときは、たいていの場合、「発車を見合わせている」のである。そのまま乗り込んでみると、車内アナウンス。案の定「○○○駅で非常通報ボタンが押されたため、停止しています」。なんたることか!いつもいつもやってくれるなH門線、と毒づきながらも、発車を待つしかあるまい。10分ほど停車して、電車は発車した。
そうそう、遅れる旨を著者に連絡しておかねばなるまい。停車中、携帯メールをしたためていたら、いよいよ送信間際という段階で、うんともすんとも言わなくなった。どのボタンを押しても反応しない。反応するのは、カーソルボタンのみである。先にも進めないし、戻ることもできない。こういうことはしょっちゅうあり、おそらくはバグなのだが、電源を切って再起動するしかない。ということで再起動。メールは、送ることができなかった。
自宅の駅に着いた。遅れを取り戻すために、早足で急ぐ。自宅のマンションが目に入ってきた。だが何だか様子が変だ。最初に駐車場が見える(機械式なのだ)のだが、私の入れている場所が上がっている。ということは、誰かが使っているということだ。ここでまた時間を取られるなぁ、と思って近づいたのだが、駐車場から出すはずの車には、誰も乗っていない。ウムム、これはおかしい。機械を操作するためのキーは刺さったままになっている。ということは、誰かが上げて、そのままにしてあると言うことだ。
すると、脇の路上に止まっていた車から、ご婦人が現れて、「壊れています」とのこと。このご婦人は、駐車場からだそうとしていた車の持ち主の親御さんだ(複雑だ)。管理会社には連絡済みと言うことで、待っているという。で、当の持ち主さんはということで、しばらく待っていると現れた。最初は、雨で緊急停止センサーが誤動作したとか、ばかでかい車を停めている人がいてセンサーが誤動作したとか、いろいろな可能性と疑ったが、どうやら本当に壊れているようだ。う~む、これは困った。
歩いて行ってもいいのだが、約20分、往復で40分。やり取りの時間を含めれば、1時間近くかかりそうだ。雨も降っている。う~ん、どうしようと思っていたら、車を停めていたご婦人が、助け船を出してくれた。どうやら、機械を止めてしまったので、代わりに足になってくれると言うことらしい。機械が壊れたのはその人のせいでもないのだが、ここはお言葉に甘えることにした。車だと早い。2, 3分で着く。向こうで少し迷ったが(結局、最初に車を着けた場所の真ん前だと言うことに最後に気付く)、無事ゲラを送り届け、帰りも送っていただいたのだ。
帰ったら、駐車場は治っていた。いったい何だったのだろうと思いながらも、翌日、ちょっとしたお菓子をガソリン代&お礼として届けた。いろいろあったが、ゲラも無事戻る見込みが立ち、近所の絆も強まり、結果オーライだったような気がする。いったい誰の妨害波なのだろうと、ちょっと気になった。
コメント
「ゲラを著者に届ける」仕事・・・なおさんのお仕事はカッコいいですね。最初から何だか惚れ惚れしてしまいました(笑)。そして数々のトラブルにもめげず、際どいところで助け舟もあって、無事にお仕事をやり遂げられた・・・とてもドラマチックな出来事でしたね。ご近所の絆も深まって、めでたし、めでたし。
野の花さん、
アレ?ご存じなかったでしょうか?それは置いておいて、こんなにいろいろ起きるのは、絶対にそうしてほしくない力がどこかで働いているからだと確信しました。
昔、祖父が入院したときに、目の前が病院なのに、2時間も堂々巡りしてなぜか近づけなかったときのことを思い出しました。
・・・でも、そんな中、結局は最後はうまく間に合って、私にはラッキーな物語に思えます。おじいさんの病院の件は、車の場合ならナビがいとも簡単に連れて行ってくれる時代となりましたね。なおさんのお仕事、もちろん自己紹介の最初に書かれていますから、よく認識はしていたつもりですが、そうやって、サラッと書かれている感じに、素敵!と思ったのです。文筆のお仕事をする人に対して、一種の憧れを持っていますから(笑)。
野の花さん、
泥臭い仕事ですよ。自分の名前が出ることはないですし、著者、デザイナー、DTPオペレーター、営業、印刷会社、いろんな人をコーディネートして完成形に仕上げるのですが、完全に裏方ですね。
それでも、各方面で丁々発止のやり取りをするスキルも必要なので、繊細な感性を持つ人間には勤まらないと言えるでしょう。
ここまで書くと、常連の誰かが何か書いてくれるような気がしますね。笑
やっぱりますます素敵なお仕事だと思います。豪放さと共に、繊細な感覚は必要不可欠だと思いますよ。そして、なおさんにもそれを感じます(笑)。
野の花さん、
そこまで言っていただけると、頑張るぞ!という気になってきます。
時折、自分の仕事とは何か、と悩むこともあるのですが、より多くの支持者を作ること、と思ってよりいっそう精進します。