このタイミングで、こんな本を読んでいる。山崎豊子さんの本は、「不毛地帯」でも感想を書いてみたとおり、シリアスな長編で、実話に基づく小説風の仕立て、というあたりが気に入っている。折しも、日本航空が会社更生法の適用という憂き目に遭っている今、この本を手に取ったのは偶然ではあるまい。文庫が急に脚光を浴びているのも、この小説が映画化されたからであり、映画化と経営再建の関係にも興味があるのだ。
「沈まぬ太陽」の文庫版は、全部で5巻であり、そのうち「アフリカ篇」は1巻目と2巻目、上下巻に渡る長編である。このお話の舞台は「国民航空」、実在の「日本航空」とされている。扉裏の注意書きにもあるように、関係者を取材し、事実に基づき小説風に再構成した、とある。とすれば、誰もが容易に小説と現実の対応を把握することのできる、準ノンフィクションということになる。
当然の如く、当の「日本航空」は作品に著しい不快感を示し、発表作を連載した「週刊新潮」を自社機にて取り扱うのを拒否している。また、映画化の際にも、たびたび抗議を申し入れたとして、構想から上映まで、9年の月日を要したとされる。
「アフリカ篇」は、本作の主人公である恩地元(おんち・はじめ、モデルは日本航空社員であった小倉貫太郎、とされる)が、ひょんなことから国民航空労働組合委員長に就任し、会社と闘ったことによる報復人事で、パキスタンのカラチ、イランのテヘラン、ケニアのナイロビと、僻地赴任を10年の年月にわたり耐えた後、日本に帰ってくるまでのお話である。「アフリカ篇」としたのは、お話の最初と最後がアフリカにおけるものであり、「沈まぬ太陽」という書名も象徴しているからだ、と思っている。
「アフリカ篇」で描かれているのは、組織に刃向かう、組織に都合の悪い人間を、ここまで追い詰めることができるのかという組織の傲慢である。そして、真義を貫こうとする主人公の心の葛藤と家族愛と仲間を思う心、それを支える妻の愛、子供たちの心、そして主人公を励まし、応援し、最後には日本に返すきっかけを作る組合執行部の面々の信頼である。
恐ろしいのは、組織に属する人間が、さほど罪の意識も感じずに、一人の男の人生、ひいてはその家族の人生も狂わせ、それをさも当然の如く思う節のあることである。組織から見ればたった一人の駒でも、当人にとってはたったひとつの人生である。そういった思考は内向きとなりがちで、外のことよりは中のことばかりを考える、閉鎖的な組織になりがちである。これが、日航123便事故を経て、今の日本航空のような事態につながったと見るのはうがちすぎか。
それにしても、「さも見てきたような」といった、カラチやテヘラン、ナイロビの各地の生活の描写は臨場感たっぷりで、想像しながら読むことで当時の現地で生活することの大変さ、家族の心理状態、恩地の心の変遷、そういったものが素晴らしく伝わってくる。
個人的には、家族を泣かせ、親族に罵倒され、同僚にも引いた目で見られることに甘んじながらも、自分を信ずるもののために真義を貫く、といった恩地には完全に同調できない部分がある。お話だから徹底している、といわれればそれまでだが、彼をそこまで駆り立てるのはいったい何なのか。「不毛地帯」の主人公の壱岐正には、陸軍学校、将校時代に培った信念があった。
文庫シリーズ5巻のうち、1巻と2巻で上下巻。読み応えはたっぷりだ(「不毛地帯」には負けるが)。話は、3巻目の「御巣鷹山篇」に進む。
コメント
「不毛地帯」、そんな物語なのですね。小説家とはすごい仕事だと思います。自分の経験していないことを、なおさんも書かれているように、さも見て来たかのように巧みに、写実的に書いてありますよね。実際に取材旅行はされているのかもしれませんが、見たものを「文章」のみで読者にわからせなければならないのです。そして、読者を納得させ、感動させ、訴えかけるそのテクニック・・・すごいと思います。いつか機会があれば読んでみたいと思います。
野の花さん、コメントありがとうございます。
本人の頭の中ではわかっていることでも、それを知らない人にわからせる、しかも文章の力のみで、というのは非常に骨の折れる仕事です。
物書きの端くれ、文章を扱う仕事をしている私でも、そこまでの認識はあるかどうか。
ともすれば安易に絵や映像に頼ってしまう我々は、想像力をどんどん失っているのかも知れません。
女性にとっては苦手な文体、描写、というのもあるかも知れませんが、ぐいぐい引き込まれる臨場感は見事です。ぜひ、ご一読を。
沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫) |山崎 豊子
JUGEMテーマ:オススメの本
沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)山崎 豊子新潮社 刊発売日 2001-11
著者の強い使命感に感服した 2009-12-16
本書は週刊新潮で1995年から足掛け5年にわたる長期連載の後,全5冊の単行本として,新潮社より1999年に出版された.単行本5冊で,全1,727ページという超大作である.本書の最後にはフィクションという断りはあるが,実際には膨大な資料や関係者とのインタビューを通して,得られたノンフィクションの箇所が大部分を占めているので…
物書きの端くれ・・・カッコいい!どおりでなおさんは文章がプロなみに上手だと思っていました。なんて、今さら書くのは失礼ですね。なおさんの文章は読んでいて心地良いのです。切り口が見事なのです。描写が細やかで、映像として脳裏に流れて来ます。すばらしいプロだと思います。「不毛地帯」、自分からは手に取らない本だと思いますが、なおさんにいざなわれて、手にしてみたくなりました。
野の花さん、コメントありがとうございます。
心地良い、切り口が見事、描写が細やか、映像として脳裏に流れてくる、これでもかという感じなのですが、決めが「すばらしいプロだと思います」ですか!涙が出てきました。
「事実」を伝える文章は得意ですが、「感情」を伝える文章はまだまだと思っています。もっと書いていきたいと思いますので、よろしくお付き合いのほどを。
ごめんなさい。ここでは「沈まぬ太陽」について書かれているのに、何という間違いを犯していたのでしょう。ちゃんと「沈まぬ太陽」と書かれているのに、私の目は節穴ですね(笑)。私がなおさんだったら、相手の間違いを指摘して、正しく認識してもらおうとするでしょう。なおさんって、やさしいですね。
野の花さん、
あやや、間違いだったのですか。何かちょっと違うような気もしていたのですが、さして気にもせずにいました。頭の方に、「不毛地帯」と出てきますしね。
私の方もけっこういい加減ですから、お気にせずに!