「ねじれた絆ー赤ちゃん取り違え事件の十七年」(奥野修司、文春文庫)

レビューと言えば、普通は本を読んで紹介するものだが…。読めなくて紹介するのも珍しい。この本、あるブログで勧められていて関心を持ち、読みはじめてみたが…。

1/5も読まないうちに挫折する。「重すぎる…。」

ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年 (文春文庫)

第二次ベビーブームだった高度経済成長期に多発し、社会問題とまでなった「赤ちゃん取り違え事件」。1971年に当時米国施政下の沖縄で実際に起きた赤ちゃん取り違え事件を、日本施政下に入れ替わった後の1977年の発覚から、当時週刊誌記者であった奥野修司が実に25年間取材し続けたノンフィクションのドキュメンタリー作品。(Wikipediaより)

赤ちゃん取り違え。3人の子持ちとして、想像するだけでも忍びない。

7年も育ててくれば、小学校2年か3年。どんどん成長するが、まだまだ可愛い年頃。そんなときに、この子は自分の子ではないとわかったらどうするか。受け入れられるのか、受け入れられないのか。

周囲は、本当の親子に戻った方がよいと軽く言う。取り違えを起こした医者までそんなことを言う。血は情より濃い、情は血より濃い、どっちなんだ?

情が血より濃いとしても、血の繋がっていない子を今まで通りに愛せるか。接することができるか。親はともかく、子はどうなのか。子は、生みの親と育ての親がいるという現実を受け入れられるのか。

そんなことを思いながら、双方の親や子に感情移入して読んでいると、頭が重くなってくる。どうやら、ブログ主の脳みそは、論理的に答えの出ない問題については、処理するコードがインストールされていないらしい。

軽い気持ちで、この手の本を手にとってはいけないと思った次第。でも、真摯なドキュメンタリーだ、それだけは間違いない。

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